平成28年 8月 31日(水) 長井 一彦

台風10号。

 勢力を増して南方向から急回転し岩手県大船渡付近に上陸「気象観測26年以来太平洋より初の東北地方に上陸)。進行方向からして大潟村も甚大な稲の被害を被ると想像しました、諦めるにあきらめられないおもいで夜を過ごし予報を見つめておりました。針の二本ばかり北方向に移動してくれた時はもしかして大きな被害は免れる。神様仏様に願いが通じたでしょうか。
 吹き返しの風も降雨量も少なく済みました、今朝は何事も無かったような爽やかな空と誇らしげに見える稲穂を見て、難儀してここまで育てた稲がもうすぐ刈り取り出来ます。

平成28年 8月 30日(火) 大川 澄雄

朝焼け

 「朝焼け」、幼い頃を思い出します。幼い頃はテレビは勿論、ラジオすらも無く天気予報なんてとても、その言葉さえ知りませんでした。九州と申しますとまさに台風の銀座通り、どんな大きな台風が襲う時も、その状態を知るのは前の日、それは昔から諺に言われて来た「朝焼け」だったのです。そうです台風の前には必ず不思議と朝焼けになったものでした。

 「朝焼けがすると台風が来る」それが唯一の襲来を知る事でした。親父が「見事な朝焼けだ、きっと大きな台風が来るぞ~・・・」といそいそしくその備えを始めたら風が吹き出して雨になる、もの凄い風の襲来で、私も家は兎に角古く、親戚の家にいつも台風が過ぎ去るまで、一家身を寄せていた事を思い出します。

 幼い精か、それが台風の怖さよりも楽しかった思い出が多いのです。まだ明るいうちに二家族で食事する、そして明るい内から寝てもなかなか眠れず、話をしながら世を明かした思い出が、今も脳裏に浮かんで来ます。もうその親族も皆無くなってしまいましたが・・・・・。その朝焼けが今朝の空にはっきりと・・・何とか被害にならない事を願っております。

平成28年 8月 29日(月) 清野 道義

明日台風が・・・

 昨日は、気温が少し下がって日中でも過ごしやすい1日となったのですが、
今日は、気温が急上昇して風はあるのですが息苦しい日となりました。
これは明日、通過予定の台風10号の影響でフェーン現象がおきているのだと思います。明日は、直撃のコースに入っているので注視している所です。
準備はしておきますが何があるかわかりません。
まあ、何とかなるでしょう。
稲の影響が最小限であれば御の字かな。

平成28年 8月 26日(金) 大川 史郎

30年ぶり

 話しは前回の続きになってしまいますが、仙台の帰りに”中尊寺”に寄って来ました。思えばここは小学校の修学旅行以来か。
 去年、すぐ近くにある”毛越寺”にはいきましたが、ここは素通りしただけだったので。
 記憶には”金色堂”しかなく、ほかの景色等はほとんど憶えて無かったもので、いざ寺への道筋を確認すると、まあ急な勾配(汗)…。
 健康体ならば問題はないんだろうけど、片脚の障害者が登ろうと思うにはなかなか躊躇するような坂。階段ならば昇降に問題がないんだけど(体力的問題は別)急なスロープ状となると危険なことがで…義足の構造上、下りで油断をするとあっさり膝のロックが外れて、”片脚立ちの膝カックン”状態になってしまうんです。この坂なら間違いなく転がり落ちていくしな。だから横向きで降りて行かなきゃいけない訳で…。 始めは下で待機している予定でしたが、ここまできておいてと納得がいかず一人遅れて登頂開始。
 
 予想に反しての勾配のきつさに序盤からへばり気味。寺へ行くというよりも「私は運動をしにきました」と気持ちを切り替えると精神的には楽になってきました。
 そんなこんなで目的地までたどりつき、見るものを見たら(このあたりはやっつけ作業ぎみ)あっさりと下山へ。
 下りで膝への負担がきつかったせいか、状況的に24時間テレビを勝手にイメージしだして。
 このあたりで”徳さんが”、そろそろ”負けないで”がかかるなだとか一人、脳内で番組を構成しているうちに下り終了。
 昇降時は一人で行動していたため、最後に”サライ”を熱唱する相手はいなかったのがなんとも…

 最後に個人の意見ですが、坂の途中で高齢の方とすれ違う時ホントにきつそうでした。お寺関係者用には上に車で行けるところがあるんだから駐車はできなくても脚の悪い人はそこで一旦おろせるようにしたらいいのにと。車椅子の場合なんて、急な下りを介護の人がバックで支えながら降りて行くんです。脚を滑らせたらと思うと、もうヒヤヒヤでした。せめて重大な事故が起こる前に改善の方向に向っていったらいいのだけど。

平成28年 8月 25日(木) 長井 一彦

何時まで続く暑さ。

さらさら、さわさわと言った表現が良いのでしょうか、爽やかな風が吹く一日です。まだまだ秋田でも陽射しは強く全国中暑い日が続いております。
 お盆も過ぎ一雨ごとで暑さも涼しくなってゆく、そんなことが当たり前な事として
過ごして来ました。彼岸までとも言われてきました、もう少し我慢でしょうか。
気候の変化を感じるのも老いた証でしょうか。