平成19年 3月 30日(金) 太田 稔

春陽一刻値千金?

 連日連夜の雨により、餅のように引き伸ばされてきた?春作業。いよいよケツに火がついて参りまして、雨の合間の晴れ間に、ハウスへのビニールかけです。今だっ!と、ばかりに仲間と共同での作業により、わが家のハウスにも、ようやくビニールがかかりました、超うれぴーです!

 このハウス張りという作業だけは、お日柄を選ぶわけでして、静かな春の陽だまりの中の作業が最高なんですが、いかんせん今年は簡単に問屋が卸してくれません。ともあれ何と言っても天敵は「風」なのでして、風が息をつく合間を縫って一気に勝負!です。
そんなこんなで、おじいちゃん・おばあちゃんはもとより、子供たちや犬猫にも?手伝ってもらいながら、ようやく終了したのでアリマス。

 という訳で、風が吹くと、オケ屋は儲かるかもしれないが、ハウスは出来ません・・・

平成19年 3月 29日(木) 大川 澄雄

これな~んだ?

 今にも壊れそうな錆びた鉄の枠?村の道路の傍の草原に、「ぽっつ~ん」とあるんですが・・・。中に植えてある木は有名な「からたち」なんですね。だとすると?、な~んか深~い意味がありそうな・・・・・。  実は・・・・・・。

 これが大潟村干拓の始まりなんです。まだ干拓前の八郎潟、日本第二の大きさを誇る、満々と水を湛えておりましたかの湖、 そこを干拓しょうと国を挙げて始まりましたのが昭和32年。
その湖上より測量を開始した、その第一点が記念すべき、最も価値ある、この鉄の櫓だったのです。

 建設当時、広~い湖上に「ぽつん」と立っていた、そして、ここから測量が始まって、大潟村が出来上がったことを思います時、何か感無量の思いが致します。それにしてもこんな大事な遺物「もっと管理保存出来んのかい・・・・・・村さんよ」

 なになに?それより孫の「朋華」はど~した?
そ~です、「じいじ、わたちがいなくても、しっかりしてね」と言って、21日に帰ったのでありました(^_-)-☆

平成19年 3月 28日(水) 長井 一彦

 昨日一昨日と風が強かったり冷たい風であったりで、まだまだ本格的な春の気配が感じられなかったのですが、少しばかり春っていう今日の日差しです。
大潟村でも家族みんなでハウスのビニール張りなど遅れている作業に頑張っているところです。

 わが家としては年老いた二人の手間ですので、日中風がありますと大変。
朝方の無風状態の時間帯をねらって仕事を進めてゆくのですが、時たま「あ うん」の呼吸がずれた時は爆発してしまうのです。
二人より三人四人と人手間が多い方が助かるのですが、種まきも田植えも二人で急がず慌てず少しでも楽しみながらやって行きたいものです。

 爽やかな風が頬をなで去ってゆく中、畦端でおにぎりなどを食べる昼時は格別な満足感を味わいます。早苗に期待を寄せながら仰げば真っ白な雲がゆっくりと出羽山脈へ向かって行く。夢うつつ休んではいられませんのが現実。ムチ打って午後の作業に頑張るのみ。あと二ヶ月もしたら田植えも終える頃でしょうか。

平成19年 3月 27日(火) 早津 一仁

「ちょっとひと休み・・・・・・です。」

 一冬の大潟村の生活から、北に向かおうとした途中の景色ですね。
「オオハクチョウ」さん達は、たくさんの餌を食べたんでしょうが、どこまで飛んで行くのかはよく判りませんが、まだまだ満腹ではなく、もっともっと食べたいんでしょうね!
この写真は、わが家の田んぼで写したものです。夕方になって帰り支度をしてた矢先に何やら白い物体が田んぼ一面に見えるではありませんか。
この時期になりますと、大空高く見事な飛行隊を組んで北回帰行をする雄姿は
いつもの光景なのですが、こんな状態でお目にかかれるのも珍しいものです。
まずは「腹いっぱい食べて・・・」と、思う私でありました。

 さてさて本格化した農作業。毎年のことではありますが、全身筋肉痛に悩まされいる昨今であります。スコップを持っての土いじり、大量の堆肥袋の搬入など、毎日が違う筋肉を使わなければならず、ちょっと鈍った身体に鞭打っての作業が続きます。
まずは安全第一、気持ちを引き締めて頑張っていきます。

平成19年 3月 26日(月) 清野 道義

 今日の天気は、昨日までの天気が嘘のように晴れ渡っています。
ようやく、「春の天気が戻ってきたな!」って感じです。
天気が悪くて、何時もの年ならもう7棟のビニールハウスの屋根は全て架かっている頃なのですが、昨日までに何とか3棟のハウスをでかした所です。
今週中には全部のハウスを出来して、何とか遅れを取り戻したいと思っています。

 写っているハウスは1棟に850枚の育苗箱が入ります。種まきは1日1棟づつ出来して行き、約1週間かかります。夫婦2人での作業は無理が利かないですね。