第172号  18年12月号  大川 澄雄

皆様、恙無くお過ごしの事と存じます。月日の過ぎるのは本当に早いものでございましてもう、師走を迎えてしまいました。今年も沢山たくさんのご愛顧賜りまして誠に有難うございました。伏して、感謝とお礼を申し上げます。

先日、私の家の隣の人が亡くなりまして、荼毘に付されました。奇しくもその火葬場が私と息子の運命とも言えます、まさに、忘れる事の出来ない場所だったのです。そこの椅子に座っておりますと、かの日がまざまざと鮮明に甦ってきたのでした。

こんなお話をしていいのか戸惑いましたが、息子が今、元気で農業に励んでおります幸せを思いまして、誠に拙い文ではありますが、とある歌集に記載させて頂きました「我が思いの一首」より、恥を忍んであの日の出来事を・・・・。


◎穏やかな 春をうつろに見つつ待つ 片足の火葬 吾ただひとり

平成7年3月、突然起きた子供の交通事故、それは私が人間ドックを
受けていたある病院での再会であった。「今、息子さんが交通事故で運ばれ
て来ました」と言う知らせだった。その驚きや動転する胸を抑えつつ病室へ、
その様は惨々たるもので血塗れの身体の横に切れた片足を置いてあったのである。

心身とも丈夫な子であったが故に、一命を取り止めた、まさに奇跡であった。すぐ樣十数時間に及ぶ接合手術を受けたのである。一応手術は成功したかに見えたが、一日、二日と経つにつれて黒く変色、ついに切断へ。出来得ることはすべて尽くしたのであった。すでに意識を取り戻していた息子の思い、はかり知る術もなかったのである。

片足のみであっても全ての手続きを経て火葬許可を取り、切断された片足を持って火葬場に向かったのである。片足と言えど火葬順序、時間は同じである。立ち会ったのは私一人、様々な空しい思いの中に時は進む。
管理人の方が来て「辛いですな~」とぽつりと洩らして私の肩を叩く。「管理人さん、やはり墓にいれるんですよね」と私が言うと「それは駄目だよ、息子さんまだ生きてるもの」。
一時間半経って取り出された遺骨、木の箱に丁寧に入れて持ち帰ったのであった。

あれから、義足ではあるが息子も立ち直り、農業を手伝っている。その出来事を一つも口にしない息子、有難く思うと同時に、あの日の出来事、そしてこの歌に様々な運命を覚えるのである―――――。

息子も31歳になりました。様々な苦悩も多くあったようでございますが、農作業にもすっかり慣れ、私に指図しながら頑張っております。こうした様々な出来事も試練も過ぎ行けば安けきかな、今、畦に座って皴くちゃの顔を緩め「ほっ」としながら息子の作業を見つめている私でございました。     

今月の一句
皆様に 感謝で暮れる 師走かな